R. E. Moore Prize について
- R. E. Moore Prize は、2年に一度、精度保証付き数値計算や計算機援用証明の分野で著名な業績を上げた研究者に贈られる賞であり、賞の名称は区間演算の創始者の一人である Ramon E. Moore 教授に由来しています。第1回(2002年)はカオス理論に関する Smale's 14th conjecture を証明した Warwick Tucker に、第2回(2004年)は Kepler 予想を解決した T. Hales に授与されています。
- 受賞者は国際雑誌 Reliable Computing の編集委員会によって決定され、私が受賞した第5回の授賞式は2014年9月にドイツの Würzburg で開催される SCAN2014 16th GAMM-IMACS International Symposium on Scientific Computing, Computer Arithmetic and Validated Numerics にて行われました。
受賞内容の詳細
- 受賞対象の研究内容は、精度保証付き数値計算を利用して Nekrasov 方程式の正値解および Stokes 極限波の一意性を証明したというものです。水面を伝わる波の形状には重力と表面張力が大きく影響しますが、水深を無限大とし、重力の影響のみを考えた場合には Nekrasov 方程式が得られます。特に、一周期に山と谷が一つずつあるような解を正値解と呼びます。Nekrasov 方程式において、重力、波長、および波の速度に関するパラメータを変化させていくと、Nekrasov 方程式の正値解は波頭が尖った極限形に近付いていきます。この極限形は、Stokes 極限波と呼ばれています。
- 物理現象を表す式があったときに、その方程式の解の様子を調べることは、物理現象を理解する上でも非常に大切です。特に、解が一意的である、つまり解が一つしかないか、解が複数あるかを解明することは重要です。Nekrasov 方程式の正値解の存在については
G. Keady & J. Norbury, On the existence theory for irrotational water waves, Math. Proc. Camb. Phil. Soc., 83 (1978), 137-157,
において、Stokes 極限波の存在(極限方程式の解の存在)については
J. F. Toland, On the existence of a wave of greatest height and Stokes’s conjecture, Proc. R. Soc. Lond. A, 363(1978), 469-485,
において証明されていますが、これらの一意性(ここで言う一意性とは大域的な一意性のことを指します)については、長い間、未解決問題でした。
恐らく、解の存在が議論された1978年頃から課題として認識されていたと思われますので、30年くらいの間、解決に向けて努力が為されていたと考えられます。
この問題に対し、2004年に私は、
K. Kobayashi, Numerical verification of the global uniqueness of a positive solution for Nekrasov's equation, Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics, Vol. 21(2)(2004), 181-218,
において、ある一定パラメータ範囲の Nekrasov 方程式の正値解について、2010年には
K. Kobayashi, On the global uniqueness of Stokes' wave of extreme form, IMA Journal of Applied Mathematics, Vol. 75(5) (2010), 647-675,
において、Stokes 極限波について、大域的な一意性を証明することができました。
- 今回、受賞の対象となった
Kenta Kobayashi, Computer-Assisted Uniqueness Proof for Stokes' Wave of Extreme Form, Nankai Series in Pure, Applied Mathematics and Theoretical Physics, Vol.10 (2013), pp.54-67,
は、Stokes 極限波についての2010年の論文のダイジェスト版にあたります。
- Stokes極限波の一意性は19世紀の終わりに提起されたStokes予想(Stokes' conjecture)
G. G. Stokes, Considerations relative to the greatest height of oscillatory irrotational waves which can be propagated without change of form, Math. Phys. Papers, 1(1880), 225-228,
の二つ目とも密接に関係しています。一つ目の Stokes 予想は、極限波の頂点の角度が120度になるという予想で、
C. J. Amick, L. E. Fraenkel, & J. F. Toland, On the Stokes conjecture for the wave of extreme form, Acta Math., 148(1982), 193-214,
で証明されています。二つ目の Stokes 予想は、波の形状が頂点を除くと下に凸になるという予想ですが、長らく(130年くらい)未解決問題でした。しかし、下に凸となる Stokes 極限波が存在するということは
J. F. Toland, & P. I. Plotnikov, Convexity of Stokes waves of extreme form, Arch. Ration. Mech. Anal., 171(2004), 349-416,
により知られていましたので、Stokes 極限波の大域的な一意性を証明した私の結果により、二つ目の Stokes 予想も完全に解決されたことになります。
- 大域的な一意性の証明にあたっては精度保証付き数値計算という手法を用いています。証明にあたっては、巧妙な式変形により方程式を大域的に縮小性を持つような写像に変換し、その縮小性を精度保証付き数値計算を用いて検証することにより一意性を証明しています。精度保証の分野において、関数方程式の局所的な一意性を証明した結果は数多くありますが、大域的な一意性を示した結果はほとんどありません。本研究はその数少ない例の一つであり、また、水面波の方程式という、歴史的にも非常に活発に研究されてきた問題に対して画期的な進歩をもたらしたという点で、意義深いものであると考えられます。